[副校長] 蒼い時季節 ④
『蒼い季節 ④』
人生は小さな選択の積み重ねで、大きく変わっていく。そんな事を五十路近くなった私は、日々の生活の中でやっと実感できるようになってきた。この事にもっと早く気付いていれば、私の人生も別のものとなっていたに違わない。仕事に追われながら、「あの選択は間違っていたのか。あの時こちらの道を選んでいたら」と悔やむことも正直ある。そんな中、娘も大学受験を迎える年となり、私の母校の受験を考えていた。「パパ、受験の下見、付き合ってよ」娘に誘われ家を出た。
師走の街を、娘と歩いた。数十年前に私が二十歳の頃を過ごした学生街だ。卒業後初めて降り立った駅は、だいぶ変っていた。毎日通った商店街と並木道。太く成長した木々が、時の長さをそっと伝えている。
この街で過ごした四年間、様々な事を経験した。新しい仲間との出会い。喫茶店で突然決まり、その日のうちに実行した東北旅行。授業中に女の子を誘い出し遊びにも行った。もちろん勉強もした。迷い苦しみながらも、伸びやかな季節を過ごした。そんな経験を、これから大学生となる娘にも是非させてあげたいと心から願っている。だから娘が、どこに受かるかは正直あまり関心がない。それよりも、受験や日々の暮らしの中で、何を経験し、何を学び、どう成長していくかの方が何倍も関心があり、楽しみでならない。
懐かしい街を歩いているうち、なんだか今までの私とは違った思いが心の奥から湧いてきた。
駅へ戻る道すがら、熱々の鯛焼きを買って娘と二人食べながら歩いた。あの頃、この街を娘とこんな風に歩くなんて、想像すらしなかった。しかし、あの季節(とき)の日々の自分の考えや行動の積み重ねが、今日の幸せを与えてくれたのだ。
出来たて鯛焼きの甘い香りが、街と僕ら二人を暖かく包み込んでいる。「人生って素晴らしい」そう感じた静かな夕暮れ時だった。
2020.4.7 (過去の自著)
霞ヶ関高等学校
副校長 伊坪 誠