「本を選ぶ」

週末夜中の大型書店。仕事帰りのOLやサラリーマンが目立つ店内。大きなターミナル駅の中にある店だが、時間も時間なので高校生以下の未成年と思われる人の姿は疎らだ。静かに流れるBGMと書物から漏れてくるインクの香りが、仕事の緊張で固まった身体を優しくほぐしてくれる。気づけば書店にいる人の顔はどれも優しい。平積みの新刊の帯に書かれた言葉をゆっくりと眺めている人、書棚の前に立ち止まり本のページを丁寧にめくる人。まるで砂浜で貝殻を拾う時のように、皆ゆっくりと歩きながら「自分だけの宝物」を探している。嬉しいときや悲しいときに海がそっと寄り添ってくれるのと同じ様に、書店の本達はその時々の心に応えてくれる。本達に包み込まれながら、心の中にあるモヤモヤとした感情の答えやヒントを探し歩く。探し求めているうちに、それが自分の心の奥で見つかることもある。

副校長でありながら司書教諭も兼ねている私は、校内に置く本を選ぶために書店を訪れる機会が増えた。いわば、人にプレゼントするための貝殻を拾いに行くのだ。その際に私が気をつけている点が二つある。その一つは、生徒達の心に灯った問いの答えやヒントに成り得る本選びと工夫。それは文豪やお気に入りの小説家の作品の中に、または彼らがまだ一度も手にしたことのないジャンルの本の中に潜ませてみるのも良い。少し背伸びをした先に、見つけ出せるようにもしてみたい。そしてもう一つは、異質な本達の共存。「学校の図書室ならこの本を置かなければならない」とか、「こんな本を置いてはいけない」といった声もあるかも知れぬ。しかし現代は、個々を単一な考えや既存の大きな括りに押し込める時代ではない。哲学者のマルクス・ガブリエル氏が唱える新実在論ように、実在するのは「個別の意味の場」だけであり、それらを包括する「世界」は存在しないという考えを納得させられる様な現象が我々の日常でも垣間見られるようになっている。多様な考えや趣向を持った人が、それぞれの思いを検証しながら健全に育み、様々な形で社会に寄与する人となればよい。その多様な考えの健全なる成長を支援するのが、これからの学校図書や教育施設の使命になると考えている。

だからこそ、図書の選定は難しく時間もかかる。しかし、生徒達の姿を思い浮かべながら一冊一冊を籠に入れていくのは実に楽しい。だから今夜も書店という砂浜に本という貝殻を拾い集めに行く。選んだ本を手に取る生徒の顔が、夜の書店を訪れる大人達の優しい表情になってくれることを思い描きながら。

2019.11.12

霞ヶ関高等学校 副校長 伊坪 誠