[副校長] 国際ハート研究所

「国際ハート研究所」

 

まだ構想の段階だか、こんな話を考えた。

クローン技術の進歩した未来。ある研究所は心も細胞に移植し、クローン人間を作り出すことに成功した。その研究所では、経済危機や疫病といった世界的な問題を一挙に解決できる理想的な指導者を確保しようと目論んだ。方法はもちろん心の移植。各界の著名人の心でクローンを造ろうとしたのだ。

研究チームは幾度も会議を重ね、リーダーに必要な資質として、①欧州の女学生が持っていた純粋な心、②日本の政治家の主張力、③社会の中で「勝ち組」に属しているアメリカ人ビジネスマンの負けず嫌いを抽出した。その三つの心を独自の技術で混合し、一人のクローン人間を生み出したのだ。

それから、経ること数十年。実験室で育ったその男は立派に成人し、研究所のもくろみどおり、地球政府の総裁に就任した。しかし、男がしたことは、人を批判し続け、不正を繰り返し、ことさら勝敗にこだわるだけであった。

研究所は、大きなミスを犯していた。欧州の女学生が持っていた純粋な心は、家庭や学校を離れた後まで持ち続けるのは難しかった。純粋な女学生から抽出した「純粋さ」は、社会の濁りの中で消え失せてしまったのだ。

正しいことをはっきりと主張出来ると思っていた日本の政治家の心は、他人を批判するだけの心だった。批判していれば主張していると思っている男を、研究チームは正しい事をはっきり主張出来る人間と勘違いしていた。

勝ち組に属していたアメリカ人ビジネスマンの心には、勝ち負けを基本とする二元論的な思想が蔓延していた。世の中には勝敗のつかない事もたくさんある。真の勝者とは実のところ「社会貢献」という言葉を忘れない人なのだ。アメリカ人ビジネスマンの心はそのことを知らなかった。

そして科学者達が犯した決定的な過ちは、それらの心の中に「他者を見つめ、自己と向き合い常に成長しようという気高き心」を入れ忘れた事だった。

研究所は、心によるクローン技術を封印した。社会を良くするためには、我が子を始めとする若者達を大切にじっくりと育てていくことが一番の方法だと、この失敗で悟ったからである。

さらに数十年後の未来。

行政に職場、学校や家庭…社会のあちらこちらで良きリーダーが多数現れ、この世界は穏やかな笑顔に満たされるようになっていった。

 

心を育むこと。それには長い時間と根気が必要。

焦らずに ただただ じっくりと。

他者に対しても、己に対しても。

 

 

2020.4.15

霞ヶ関高等学校

副校長 伊坪 誠

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