中学生や高校生の頃、一人で居るのが好きだった。正確には「一人でいる時間」が好きだったのだ。学校からの帰り道、本屋に行き長い時間立ち読みをした。自転車で遠回りして川原や田んぼを走り、移りゆく四季を体中で味わった。部屋の中で、FMから流れてくる優しい曲を聴きながら、街並みの向こうへ沈んでいく夕日をぼんやりと眺めた。そのどれもが、当時の自分にとってかけがえのない時間だった。

教室では、いつもの仲間がいて自分の居場所がある。しかしそこでの自分は、どこか違うのだ。自分であって自分で無い感覚。自分には似合わない窮屈な服を着せられているような違和感。それでも何事も無かったような涼しい顔をして友達の冗談に笑っている自分がいた。そのどうしようもない違和感から逃れる方法が一人の時間を作る事だった。一人の時間は、色々な事を考えた。たくさんのものを見詰めた。それは自分自身と向き合い、自分を成長させる事になった貴重な時間だったと、人生の半ばをとうに過ぎた年齢となった今も思っている。

人の成長には、集団や社会の中で得られるものと、自分自身に向き合う事で得られるものがある。朝から夕方までの学校生活、その中で学ぶ事は多々あろう。教室にいても、一人自己と向き合える時間を作る事は可能だ。しかしそこでの日々が辛く苦しいだけの毎日なら、自分の成長にとってマイナスならば、そこから離れてみる事も必要かも知れぬ。集団の中で周りに流されて生きる日々よりも、孤独になることの方が大切な時もあるのだ。

平均月二回スクーリング(授業)をおこなう一般コース。週4日間半日授業の特別コース。どちらにも自己と向き合える時間がたっぷりあり、新しい友と居場所が待っている。多くの高校生が通う全日制とは違う自由と環境がある。それをどう使いこなすかは、本人次第だ。本校に通う事で手にした自分だけの時間の中で、自分自身を大きく成長させたい。そう考える新しい仲間を我々は待っている。