『欧州書簡』

或る年の夏、ヨーロッパを旅する機会を得た。私にとっては初めてのヨーロッパである。出発までには、学生時代にかじったドイツ語でも勉強し直しておこうと考えていたが、一学期が終わって直ぐの旅行だったため、十分な準備も出来ぬままの慌ただしい出発となってしまった。行先は欧州六か国。各国の高等学校や教育施設などを、二週間かけて視察するという企画である。そのため、どこの国でも自由行動らしきものはなく、かなりハードなスケジュールであった。

この14日間の旅行を通じて、私は多くの人達に接することが出来た。ドイツの高校生は皆、実に勉強熱心であった。日本語をテキストだけで独学した、ハンガリー人の女性通訳さんには頭が下がる思いがした。その他どの国々でも、日本人が忘れかけている真面目に物事を学び、そこから新しいものを作り上げようとする姿がしっかりと生きており、改めてヨーロッパ文化の礎の厚さに驚かされた。

また、ルーブル美術館やロゼッタストーンなど、歴史的建造物や芸術作品にもたくさん接することが出来た。そのどれもが初めて観るものであったが、世界史の教師をしている私には、どれも親しみのあるものばかりであり、魅了させられるものばかりであった。つくづく、歴史を学んで良かったと実感出来た楽しい旅行であった。しかし、それでももう少し事前学習をしておけば、もっと有意義な旅行になったのではないかと悔やんでならない。

旅行はポケットサイズのガイドブックひとつだけでも十分出来る。ましてや、多くの人と行動を共にする団体旅行なら、それさえ無くても何の不自由も感じない。しかし、少しでも多くの本を読み、その国の歴史や文化・言語など様々な事柄を知っていれば、同じ旅行が数倍楽しくなる。何気ない川沿いの木々の木漏れ日や石畳の道だって、違ったものに見えてくる筈である。これは、私たちが何気なく送っている『毎日』という小さな旅や、『人生』という大旅行にも当てはまるのではないだろうか。つまり、本などまったく読まず、知識や教養など身に付けなくても、大衆という名の同行者と共に世の中を渡って行ける。しかし、より多くの書物に触れ、そこから何かを掴み・感動し、明日の自己を創造する力を少しでも得られたなら、同じ人間の人生が何倍もの厚みと艶のある有意義なものになるのである。人間はそのことを遥か昔から知っていたから、自分のペースで対話出来る読書という行為を連綿と続けてきたのだ。

そんなことを思いながら、私は旅行の最終日、パリのバスティーユ広場に一人腰を下ろし、しばらくの間、200年以上前のパリ市民の声に耳を傾けていた。

「現代人よ、もっと本を読み未来を語れ!」

賢人たちの声が、八月の風と共に耳元をかすめた。

 

令和2年の夏休みが始まる。例年とは違う特別な夏となりそうだが、生徒たちの心も体も大きく成長する夏となることを願っている。

 

2020年7月16日

霞ヶ関高等学校

副校長 伊坪 誠