『 マリ=アリスの鏡 』

 

まだ構想の段階だが、こんなお伽話を考えた。

とある田舎に人好きな男がいた。男は周囲の者たちの愛情に包まれて育ち、将来は自分も人々に愛情を注げる人間になりたいと思いながら成長していく。

成長の過程で男は田舎から街に出て、様々な人と出会う。優しいがずる賢い友。知的だが、手柄を独り占めしたがる先輩。美人だが嫉妬深い女性。行動派だが猜疑心の強い上司。批判はするが、自ら工夫と実行をしない同僚。夢を語るが努力をしないフリーター。公約はするが、着手はしない政治家。他者を攻撃しなければ維持出来ない団体。ストリート化した学校。言葉は氾濫しているのに、心が枯渇した街。男は少年から大人へと成長するにしたがい、人間や世の中とは、こんなにも醜いものなのかと失望するようになっていった。

そんな男があるとき、街の片隅でマリ=アリスという自分に良く懐いてくれる花売りの少女と出逢う。相手を見つめる少女の瞳は一点の淀みもなく澄んでおり、鏡のように相手の姿と心を映し出す。そんな少女の瞳に映った自分は、ずる賢くて嫉妬深く猜疑心の強い、自分が醜いと否定してきた人間の姿をしていた…。

今考えている話はここまで。問題はここからの展開である。マリ=アリスの瞳に映った自分の醜さに失望した男はどうするか。「失意のあまりに自殺する…?」いや、男にとっては一度だけの人生という舞台だ。そう簡単に終わってしまってはいけない。そうだ!マリ=アリスの瞳に映った自分を受け入れて、新たな自分づくりを始めさせよう。人は相手の欠点ばかりではなく、自分の醜さをも認識した上で、人や社会と接しなければいけないのだ。また他者の醜さや愚かさにも、時には寛容になる必要もある。街も人の心の中も、全て綺麗なものだけで出来上がっているのではない事をこの男に気づかせて、その中で如何に生きて行くべきかを考えさせてみたいと思っている。

キミもマリ=アリスの瞳(鏡)に自分を映してみて欲しい。そこには、自分が否定してきた人の姿をした自分が映っているかもしれぬ。その姿を意識した後の行動が、キミの人生舞台を数段価値あるものとして行くに違いない。

 

 

2020.5.20

 

霞ヶ関高等学校

副校長 伊坪 誠